1950年

1950.7.7

【職業野球新聞 1950年7月7日】阪急天保義夫投手が対大映戦で今季10勝目を挙げた。三回から救援登板し、その間に味方打線が足と四球を絡めて効率良く6点を援護。そのまま天保が最後まで7回1失点でまとめた。前年24勝の主戦投手だが今季はチーム...
1950年

1950.7.6

【職業野球新聞 1950年7月6日】大映対南海9回戦(後楽園球場)で、両チームの先頭打者が揃って初回先頭打者本塁打をマーク(NPB初)。打ったのは南海 黒田一博中堅手(5号ソロ)と大映 伊賀上良平三塁手(8号ソロ)。試合は中盤に追加点を重ね...
1950年

1950.7.5

【職業野球新聞 1950年7月5日】この日の後楽園球場で行われた変則Wヘッダー第2試合「毎日対大映10回戦」は記念すべきナイター1号となった。試合は毎日荒巻淳、大映V.スタルヒン両先発の力投で始まり、毎日四番戸倉勝城左翼手の15号本塁打等で...
1950年

1950.7.4

【職業野球新聞 1950年7月4日】大阪対中日15回戦(函館市民球場)。大阪先発藤村隆男投手が二回途中4失点KO。隆男の兄 富美男選手が24号ソロと25号2ランで援護するも大阪の得点はこの3点限りで、中盤には逆に突き放された。中日は先発杉下...
1950年

1950.7.2

【職業野球新聞 1950年7月2日】巨人対松竹12回戦。松竹は二回に巨人先発藤本英雄投手を失策に乗じて集中攻撃し、4点を先制した。この日の松竹先発の大島信雄投手にはこの援護で十分。無駄の少ない打たせて取る投球で巨人打線を各個撃破し、4-0完...
1950年

1950.7.1

【職業野球新聞 1950年7月1日】新たに開場した日本生命球場でプロ野球初公式戦「南海対毎日11回戦」が開催され、2万5千人が詰めかけた。同球場は確保できた用地の問題から本塁打が出やすい構造になっており、試合も毎日別当薫選手の20、21号を...
1950年

1950.6.30

【職業野球新聞 1950年6月30日】大阪市に日本生命が地域貢献と福利厚生を目的とした日本生命球場を建設。28日竣工し、30日に開場した。122mと中堅方向は長いものの両翼が91.4mと狭くなっており、左・右中間が狭い設計になっている。公式...
1950年

1950.6.28

【職業野球新聞 1950年6月28日】北朝鮮により韓国首都ソウルが陥落し、福岡県を始めとする西日本各地では空襲警戒警報が鳴り響く中、福岡から1200Km離れた青森市営球場で巨人藤本英雄投手がNPB初の完全試合を達成。本来の先発予定投手が体調...
1950年

1950.6.27

【職業野球新聞 1950年6月27日】大洋ホエールズ対中日ドラゴンズ7回戦(後楽園球場)で大洋の七番捕手 門前眞佐人捕手が16号本塁打を含む4安打5打点の大活躍でサイクル安打を達成。NPB史上4人目、セ2人目。チームも17安打12得点し、4...
1950年

1950.6.26

【職業野球新聞 1950年6月26日】前日勃発した朝鮮戦争の記事が朝刊各紙に載る中、遠く札幌円山球場では変則Wヘッダーに延べ3万人が集まった。西日本は広島の3投手から日比野武、田部輝男、南村不可止、平井正明の4選手が7本塁打する等 チームで...
スポンサーリンク