1950年 1950.7.1 【職業野球新聞 1950年7月1日】新たに開場した日本生命球場でプロ野球初公式戦「南海対毎日11回戦」が開催され、2万5千人が詰めかけた。同球場は確保できた用地の問題から本塁打が出やすい構造になっており、試合も毎日別当薫選手の20、21号を... 1950年1950年代
1950年 1950.6.30 【職業野球新聞 1950年6月30日】大阪市に日本生命が地域貢献と福利厚生を目的とした日本生命球場を建設。28日竣工し、30日に開場した。122mと中堅方向は長いものの両翼が91.4mと狭くなっており、左・右中間が狭い設計になっている。公式... 1950年1950年代
1950年 1950.6.28 【職業野球新聞 1950年6月28日】北朝鮮により韓国首都ソウルが陥落し、福岡県を始めとする西日本各地では空襲警戒警報が鳴り響く中、福岡から1200Km離れた青森市営球場で巨人藤本英雄投手がNPB初の完全試合を達成。本来の先発予定投手が体調... 1950年1950年代
1950年 1950.6.27 【職業野球新聞 1950年6月27日】大洋ホエールズ対中日ドラゴンズ7回戦(後楽園球場)で大洋の七番捕手 門前眞佐人捕手が16号本塁打を含む4安打5打点の大活躍でサイクル安打を達成。NPB史上4人目、セ2人目。チームも17安打12得点し、4... 1950年1950年代
1950年 1950.6.26 【職業野球新聞 1950年6月26日】前日勃発した朝鮮戦争の記事が朝刊各紙に載る中、遠く札幌円山球場では変則Wヘッダーに延べ3万人が集まった。西日本は広島の3投手から日比野武、田部輝男、南村不可止、平井正明の4選手が7本塁打する等 チームで... 1950年1950年代
1950年 1950.6.25 【職業野球新聞 1950年6月25日】早朝に朝鮮半島で戦争が勃発。情報が錯綜する中 行われた大洋対国鉄10回戦は接戦となった。5-5の同点で九回裏を迎えた大洋は、五番平山菊二左翼手が国鉄二番手成田敬二投手からサヨナラ適時打を打って6-5で勝... 1950年1950年代
1950年 1950.6.22 【職業野球新聞 1950年6月22日】広島対西日本13回戦は両軍計7失策と守備が乱れた。NPB入り後に兵役に就き、もう一つのプロ野球「国民野球連盟」球団の兼任監督を経て復帰を果たした広島笠松実投手が完投したものの、守乱が効いて序盤5失点。失... 1950年1950年代
1950年 1950.6.21 【職業野球新聞 1950年6月21日】毎日 呉昌征選手が対阪急10回戦(広島県総合グランド野球場)に出場。三塁打で出塁後に本塁生還して得点を記録し、同年5月15日対西鉄6回戦から16試合連続で得点。NPB新記録を樹立した。試合は序盤に挙げた... 1950年1950年代
1950年 1950.6.20 【職業野球新聞 1950年6月20日】岩手県一関市初のプロ野球開催となった希望ヶ丘球場には、曇り空模様ながら2万人が集まった。巨人は序盤から西日本先発野本喜一郎を攻めて小刻みに得点すると、五番川上哲治が後続投手から五回と七回に16号、17号... 1950年1950年代
1950年 1950.6.18 【職業野球新聞 1950年6月18日】毎日対近鉄8回戦。毎日オリオンズ主砲 別当薫外野手が4の4と大当たり。三番としてチャンスメークに徹し、3対2と近鉄パールスとの接戦を制した。新人年から大阪タイガースの主軸を務め、毎日に移籍してきた今季も... 1950年1950年代