1950年

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1950.4.22

【職業野球新聞 1950年4月22日】不振に喘ぐ国鉄の新戦力藤田宗一選手が35歳にしてプロデビューを飾ってから3試合。後楽園で3万の大観衆を前に待望のプロ1号本塁打が飛び出した。法政大やコロムビアでの兼任監督の経験をスワローズに注入したいと...
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1950.4.20

【職業野球新聞 1950年4月20日】毎日の勢いが止まらない。阪急西宮球場での対近鉄6回戦では先制された直後の二回に一挙8点を取って逆転し、14安打16得点で近鉄を圧倒した。三番別当薫中堅手に8号、四番戸倉勝城捕手に7号がそれぞれ出ている。...
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1950.4.19

【職業野球新聞 1950年4月19日】後楽園球場で行われた対大洋6回戦で、巨人の別所毅彦投手が9回を7安打3四球2失点にまとめて完投で6勝目を挙げた。別所は自らも1号ソロを含む2安打を放ち、投打に渡る活躍でチームの勝利に貢献した。大洋は長持...
1950年

1950.4.17

【職業野球新聞 1950年4月17日】後楽園球場で観衆3万を集めて行われた東急フライヤーズ対西鉄クリッパース4回戦で、東急が先発全員安打となる16安打11打点と打線爆発。九番に入った斎藤宏三塁手が4安打。二番手として救援登板した桑名重治投手...
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1950.4.16b

【職業野球新聞 1950年4月16日】8点ビハインドの七回裏に大映打線が突如覚醒。それまで完封ペースで投げてきた南海先発中原宏投手をKOすると、続く3投手からも安打を重ね、10点を奪って逆転勝利した。二番手で4連敗中のV.スタルヒン投手が今...
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1950.4.16a

【職業野球新聞 1950年4月16日】四番川上哲治一塁手が3発6打点と牽引した巨人は、チームで大阪から17安打6発を打ち18点を奪う猛攻。大阪は繰り出す4投手が全て被弾し、9号を打った川上を振り払う藤村富美男三塁手の10号ソロで反撃をするも...
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1950.4.14

【職業野球新聞 1950年4月14日】広島の新人 長谷川良平投手が苦しんでいる。ノンプロ4チームを渡り歩いてきた経験とシュートを武器に、初登板から粘投を続けているものの勝ち星から見放されて未勝利のまま。この日も味方の援護なく四回と五回に失点...
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1950.4.13b

【職業野球新聞 1950年4月13日】富山神通球場で行われた対松竹5回戦で西日本打線が大爆発。スタメン5選手が3安打以上を放ち、中でも関口清治左翼手が3号本塁打、田部輝男右翼手が4安打を打つ等、チーム19安打で24得点を奪い、セ初の20得点...
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1950.4.13a

【職業野球新聞 1950年4月13日】連敗を止めたい阪急は六回、大映渡辺一衛一塁手に同点弾を浴びて先発が降板するも、代わったベテラン野口二郎投手が完璧救援。九回には打線が大映先発姫野好治投手から勝ち越し、そのまま野口が大映打線を封じ込めて球...
1950年

1950.4.12

【職業野球新聞 1950年4月12日】阪神甲子園球場で行われた対巨人5回戦で、広島内藤幸三投手がNPB史上5人目の通算2000投球回を達成。内藤を援護したい打線は初回に巨人先発の中尾碩志投手、四回には二番手吉江英四郎投手に集中打を浴びせ、そ...
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